材料工学
田中基嗣 研究室TANAKA Mototsugu LABORATORY
複合材料×バイオの力で自己修復する素材を開発
自動車をはじめ、自転車、スポーツ用品に使用されている炭素繊維強化プラスチックは軽量で丈夫であるというすばらしい特性の反面、廃棄の際に焼却すると有害物質が出でしまうことや原材料の分離できないことが問題となっています。この問題を解決するための方法としては分離ができるよう合成するなどの他、自然に戻すことのできる生分解性樹脂を使うことなどがありますが、もっと画期的な考え方として自己修復をする機能を付加することを研究しています。バイオの力を複合材料に掛け合わせれば、傷がついても材料自体が化学反応をして傷を治すことができるようになるのです。
KEYWORDS
- 複合材料
- 材料機能創製
- バイオマテリアル
- バイオメカニクス
田中 基嗣
教授・博士(工学)
奈良県東大寺学園高校出身
- 略 歴
- 京都大学工学部機械工学科卒。同大学大学院工学研究科博士後期課程(機械工学専攻)修了。日本学術振興会特別研究員(DC1)(1998年~2001年)、京都大学大学院工学研究科附属メゾ材料研究センター研究機関研究員(2001年~2002年)、同大学大学院工学研究科助手(2002年~2007年)を経て、2007年本学講師就任。准教授を経て、2015年現職。
- 専門分野
- バイオミメティクス、計算力学、材料力学、バイオマテリアル、バイオメカニクス、複合材料
- 担当科目
-
電気基礎、材料力学Ⅰ、機械力学Ⅰ、アカデミックライティング(再履修クラス)、
プロジェクトデザインⅢ(田中基嗣研究室)、工業力学、材料力学Ⅱ、3D解析・設計、専門ゼミ(機械工学科)、
安全安心な多機能・高信頼複合材構造システム基盤研究(田中基嗣)、複合材料評価技術、
高信頼ものづくり専攻統合特論、複合材料工学特論、複合材料工学特論、分子シミュレーション
RESEARCH
先進複合材料の構造信頼性評価
最新の航空機構造や次世代の自動車一次構造への適用が進んでいる炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、一方向にひきそろえた繊維を樹脂で半効果させたシート状の素材(プリプレグシート)を任意の方向に積み重ねて焼き固めた「積層板」と言われる形態で使用されることが多い。このようなCFRP積層板は、樹脂き裂・繊維破断・界面はく離・層間はく離などの現象が力学的に相互作用をしながら発生・成長・集積する、きわめて複雑な破壊プロセスを経て最終破壊に至る。そのため、CFRP積層板の破壊特性を最大限に引き出すためには、微視的な破壊と巨視的な材料特性との層間を記述するメゾメカニクスに基づいて、最適な微視構造を実現する必要がある。我々の研究室では、特に、面外からの衝撃負荷時にCFRP積層板に発生する内部損傷プロセスを超高速その場観察する手法の構築に取り組んできており、試験温度を変化させるデバイスの開発や自作の衝撃付与装置への計装化などにより、CFRP積層板の衝撃損傷プロセスに及ぼす層厚・樹脂種・試験温度・衝撃速度の影響について詳細に調べ、有限要素解析を組合わせることで、そのメカニズムの解明に取り組んできた。
また、航空機構造へのCFRPの適用に必要となる構造信頼性の観点から、上記のような衝撃に対する損傷許容性だけでなく、有孔試験片を用いた引張および圧縮の静的試験および疲労試験は非常に重要な評価項目となる。そのため、材料システム研究所内で協力しつつ、種々のCFRP積層板の構造信頼性評価と破壊プロセス・メカニズムの解明に取り組んでいる。以上により構築されるデータベースをフィードバックすることにより、CFRP積層板の損傷許容性・構造信頼性の予測・設計を可能とすることを目指している。
さらに、スペースコロニーなど、炭素繊維を含有する強化プラスチックを宇宙空間で長期間にわたって使用することを考慮した場合、紫外線や電子線の照射にともなって母材樹脂が劣化・損傷した後に宇宙空間に存在するプラズマ(特に酸素プラズマ)が炭素繊維に接触すると、急激に材料特性が低下することが懸念される。我々の研究グループでは、このような条件での材料耐久性の評価の必要性があるかどうか、その評価の仕方をどうすれば良いか、そのメカニズムはどうなっているか、といったことにも取り組んでいる。
新しい複合材料構造の成形方法の構築
複合材料のメリットのひとつは、複雑な構造を一体成形できる点である。我々の研究室では、東北大学の次世代航空機研究センターと金沢工業大学の材料システム研究所および航空システム研究所の間で締結された包括共同研究契約の一翼を担うために、次世代の超音速旅客機の実現に必要な新しい複合材料構造成形法の構築に取り組んでいる。ここでは、炭素繊維強化プラスチックス(CFRP)を用いて、次世代超音速旅客機に特徴的な隣接する多数の空洞部と多数の角部を持つ主翼を一体成形する技術を確立することを目指している。特に、大型CFRP構造物の一体成形に向いている真空補助樹脂含浸(VaRTM)法を適用することを念頭に置いているが、成形後のCFRPの収縮にともなって型が抜けなくなることを防ぐために、ロストコア成形法を併用することを検討している。この際に、成形物の構造健全性・表面性状・寸法精度などを一定水準以上に保つために必要なスキル・ノウハウの構築を目指している。
また、航空機事故の際に、座席のシートベルトによるエネルギ吸収を飛躍的に増大することができれば、人体へのダメージを大幅に低減することが可能となると期待される。我々は、樹脂破壊・繊維破壊・界面はく離などといった微小な損傷を連続的に生じさせて破壊時のエネルギ吸収量を飛躍的に増大させることが可能となる微視構造をもったCFRPゼンマイばねの実現とその量産を可能とする連続成形法の構築を目指している。
微視構造制御による先進複合材料の高性能化と新機能付与
炭素繊維強化プラスチックス(CFRP)においては、従来主流であったエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂からポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂に母材を置き換えることで、量産性やリサイクル性を付与することが可能となる。このような観点から、次世代インフラシステムへの適用を可能と社会実装することを目指したプロジェクトが進められている。我々の研究グループでは、この一翼を担うために、最適な大気圧プラズマ処理による炭素繊維/ポリプロピレン界面の接着性改善に取組んでいるだけでなく、量産化を達成し得る装置の設計・開発・最適稼働条件探索に取り組んでいる。
また、複合材料においては、素材の組み合わせやその組み合わせ方を工夫することにより、素材単体では持ち得なかった機能を付与することが可能である。例えば、光ファイバでは、クラッド材に比べてコア材の屈折率を高く設計することで全反射を生じさせ、光をコア材内部に閉じ込めている。我々は、微視構造を最適に設計することで、従来には無かった新しい機能を持った複合材料を創製することを目指している。我々の研究室で開発に取り組んでいる新しい機能を持った複合材料のひとつは、「繰返し自己修復可能な複合材料」である。現在、自己修復可能な材料の創製は、世界中で取り組まれている最先端の材料開発のひとつである。特に、マイクロカプセルや中空繊維の内部に修復材を注入しておき、これらをあらかじめ材料内に配しておくことで、材料の損傷時にこれを自動的に感知し修復できる材料システムを開発する取組みが盛んになされている。我々は、マイクロカプセルに着目し、応力によって適切に開閉する「応力開閉型マイクロチャネル」を付与することにより、繰返し修復材を漏出できる材料システムの創製に取組んでいる。
さらに、材料の寿命後の廃棄問題が深刻化しつつある。特に、CFRPの母材として現在主に使用されているエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂は、再利用できない上に燃やすと有害なガスを発生することがあるため、使用後は埋立により廃棄するしかない。しかし、今後より広い分野にCFRPが適用されることを考慮すると、地球環境改善の観点から、廃棄問題の解決が期待される。その解決方法のひとつとして、ケナフ繊維などの天然繊維でポリ乳酸などの生分解性樹脂(加水分解と酵素分解により水と二酸化炭素にまで分解される樹脂のこと)を強化した「グリーンコンポジット」の開発・改良がおこなわれている。我々は、この分野におけるもっとも重要な課題である「加水分解制御機能」の創製に取組んでいる。つまり、使用時は加水分解を抑制し廃棄時に加水分解を促進することができる「地球環境に優しい方法」の創製を目指している。具体的には、生分解性樹脂の代表格であるポリ乳酸の末端カルボキシル基に、弱い紫外線照射により脱保護できる光解離性保護基を導入することで、「加水分解制御機能」を実現可能であることをこれまでに示し、分子シミュレーションなども組み合わせながらその効率の最適化や分子構造の最適設計に取組んでいるところである。
高性能な骨再生医療用複合材料の創製
骨腫瘍や事故にともなう骨欠損に対する現在の主要な治療法は、生体親和性材料(チタン合金など)を骨の代替物として欠損部に埋殖することである。将来的には、人工骨として骨の機能を代替するだけでなく、骨芽細胞(骨をつくる細胞)の活動の「足場」となってその周囲に新しい骨組織を再生させ、なおかつ最適な速度で自分自身が生体内に吸収されて消失する機能を持たせることができれば、骨組織自体を再生させる治療が可能となると期待されている。そのための有力な候補のひとつが、骨組織の主成分のひとつであるハイドロキシアパタイト(HAp)粒子と生体吸収性材料であるポリ乳酸(PLA)からなる複合材料である。我々は、HAp/PLAの界面における接着状態を、生体に優しい方法で飛躍的に改善する方法(「ハイブリッド界面制御法」)を提案している。この手法がHAp/PLA複合材料の破壊特性や加水分解特性に及ぼす影響の評価とそのメカニズムの解明に取組むだけでなく、初期力学特性と加水分解特性を高度に両立する最適な制御状態の探索とそれにともなう新しい機能発現の可能性の探求にも取組んでいる。
さらに将来的には、骨欠損部にもともと存在していた骨組織を人工的につくりだし、これを「骨カートリッジ」として欠損部にそのまま埋殖することができれば、治療に要する期間を飛躍的に短縮することが可能となると期待される。そこで我々は、実際の骨組織の微視構造に着目した。骨は、コラーゲン線維にハイドロキシアパタイト粒子が複合化された複合材料様単位構造からなり、これが複雑に階層化された構造を持っている。我々の研究室では、コラーゲン線維合成→ハイドロキシアパタイトとの複合化→単位構造の階層化というボトムアップ式のアプローチに基づいて、試行錯誤的探索と微小力学試験により骨組織の微視構造を再現する試みをおこなっている。
生体組織・細胞におけるバイオメカニクスの解明
人工材料を生体内で用いる場合には、その周囲の細胞がどのように反応するか、それはなぜか、といったことを正しく・深く理解し、生体に対する悪影響を極限までなくさなければならない。逆に、人工材料に対する細胞挙動とそのメカニズムを明らかにすることができれば、人工材料の構造・特性を制御することによって、その周囲の細胞の活動をコントロールすることができるようになるかもしれない。たとえば、ポリ乳酸を母材として用いた骨再生医療用足場材料においては、その力学特性を改善する必要があるだけでなく、生体内で吸収される速度が遅いことも大きな課題のひとつである。このため、破骨細胞(骨をとかす細胞)の助けを適切に得ることができれば、生体吸収速度を改善することが可能となると期待されるが、破骨細胞がポリ乳酸をとかすことができないことがすでに明らかとなっている。そこで、母材をポリカプロラクトンなどに変え、足場上での骨芽細胞の骨形成活動と足場をとかす破骨細胞の活動を両立させ、そのうえで骨形成完了後には破骨細胞の活動を停止させるような制御が可能かどうか、トライしている。現在は、足場材料の剛性を変化させたときに破骨細胞の挙動がどのように変化するか、そのメカニズムはどのようになっているか、といったことを検討しながら、破骨細胞の挙動を制御し得る傾斜機能を持った基質の創製と有効性の検討をおこなっているところである。
このように、我々の専門である「機械工学」は、さまざまな病気の治療を支援し、その効率・速度・精度を飛躍的に向上させることに寄与することが可能であると考えられる。たとえば、10万人に1人くらいの割合で発生すると言われている「頭蓋骨早期癒合症」(本来脳組織の成長が落ち着くまで癒合すべきではない頭蓋骨縫合が早期に癒合することにより、脳組織の成長を妨げてしまう病気)においては、頭蓋骨のどの部分に外科的な処置を施せば良いか、成長にともなって組織が大きくなることまで考慮して予測することができれば、きわめて効率の良い治療が可能になると考えられる。そのために、我々の研究室では、有限要素法を駆使して拘束を受けた脳組織の応力分布が成長にともなってどのように変化するかシミュレートする方法の構築に取組んでいる。
高校で習う
科目
物理、化学、生物、数学