田中吉史のページ/研究-アブストラクト

いくつかの論文・学会発表に関して、アブストラクトを掲載します。今後随時追加の予定。

論文

<創造的思考関係>

田中吉史「創造的認知過程としての作曲」 東京都立大学人文学部人文学報N.307 心理学41 51-71. 2000.

近年、人間の創造的な活動への認知心理学なアプローチ(創造的認知アプローチ)が登場してきている。この論文では、芸術作品の創作過程である作曲について、認知心理学的な角度から考察を行った。まず、従来の創造性研究で論じられてきた、洞察型問題解決過程として作曲過程を捉えるアプローチについて検討し、その問題点を指摘した。続いて、近年の創造的認知アプローチで提唱されている「Geneploreモデル」(Finke et al.,1992)に基づいて、作曲過程に関する考察を行った。現在、作曲過程については非常にわずかな実証的研究しかないが、今後実証データを収集して行く上で考慮すべきと思われる問題点を幾つか挙げた。


田中吉史 「無意味つづり産出課題におけるヒントと反復産出の効果」 認知科学, 10, 233-243, 2003

新規なアイディアの産出におけるヒント呈示と反復産出の効果について3つの実験を通して検討した.被験者にひらがなを用いた無意味つづりを5分間かけて出来るだけ多く産出させた.産出された無意味つづりには,清音の文字がかなり多く用いられていたが,その頻度は,課題遂行前に清音以外のカテゴリーの文字(実験1では濁音,実験2では長音と促音)が呈示された場合には減少した.実験3では,文字を一覧表ではなく事例として呈示した方が,清音を減少させるのに効果があることが示された.清音はまた,被験者が繰り返し無意味つづりを産出したときにも減少する傾向があった.さらに分析することで,無意味つづりの産出数が増えるにつれて,同じ文字の反復使用は直線的に増加するが,使用される文字の多様性には天井効果があることが示された.また、無意味つづり中の文字の推移が、ひらがなの規範的な順序に影響されていることが示された。創造性を高めるための方策という観点から,これらの知見について議論した.



<音楽認知関係>

田中吉史「旋律のプロトタイプ抽出におけるモデルについて」 東京都立大学心理学研究第2号,53-59. 1992.

 Welker(1982)による旋律を刺激としたプロトタイプ抽出の実験において、プロトタイプ抽出の過程を説明するモデルの検討を行った。 Franks&Bransford(1971)に倣って、「プロトタイプ+変換モデル」と「特徴頻度モデル」とを比較するために、学習リスト中にプロトタイプと同一の部分が多数含まれる条件と一つしか含まれない条件とを設定し、プロトタイプ抽出について検討を行った。また、事例情報の保持がプロトタイプとの変換距離に影響されるかどうかも検討した。その結果、プロトタイプ抽出に関しては「プロトタイプ+変換モデル」を支持する結果を得た。一方、旧メロディの再認に関しては学習リスト条件によって差異が生じた。

 

田中吉史「音楽的知識の獲得過程に関する研究とその問題」 東京都立大学心理学研究第6号, 21-28. 1996.

音楽的知識の獲得に関するいくつかの研究を紹介した。その際、今日の音楽の認知心理学的研究の特徴である西洋音楽理論への過度の依存がもたらす問題点について、何らかの解決策を示していると考えられるものを選択した。本論文では、(1)語音の認知と音楽知覚との発達的並行関係を示唆するもの、(2)民族音楽学での知見に基づいた発達的研究、(3)音楽理論には基づかない音楽的表象のモデル(形態的表象)を提案しているもの、の3種を取りあげた。

 

田中吉史・山本裕之「旋律聴音課題におけるエラーの分析−エラーの分類と頻度分析−」 音楽知覚認知研究, 3, 32-42. 1997.

記譜法的な音楽的表象が音楽的経験に従ってどのように変化するか検討するため,旋律聴音課題におけるエラーを分析した。旋律聴音課題が,この課題に対する様々な習熟度をもつ音大予備校の学生を対象に4つの旋律を用いて実施された。集められたエラーを,ピッチのエラー,ピッチシフト,リズムのエラー,リズムシフト,空白,その他の6種に分類した。この分類をもとにエラーの頻度,各エラーの継続時間についての分析を行った。これらのカテゴリーの内,ピッチのエラーとリズムのエラーは殆どすべての旋律において最も多く生じる傾向があった。また,聴音課題への習熟度が低い学生では,習熟度の高い学生と比べて,リズムや空白などの旋律の時間的な側面についてのエラーが多く見られるのに対し,ピッチのエラーの頻度は両群の学生で差が見られなかった。

キーワード:旋律聴音課題, 聴音課題への習熟度, 記譜法,エラーの分類,音楽的表象

 

田中吉史「音程の分類学習における方略と被験者の音楽的経験」 東京都立大学人文学部人文学報 No.288 心理学39 115-129. 1998.

(注:本文は日本語です。)

The relation between analytic-holistic processing of musical material and musical experience was examined by using classification task of simultaneous intervals.

Subjects with various length of musical education classified 24 intervals into two categories based on interval class. As a result, the subjects were clearly separated into two groups onthe basis of correct response rate: high classification group with over 80% correct response rate, and low classification group with below 70% correct response rate. Subjects of the high classification group generally had experience of relatively long musical education, and grasped interval relations of each stimulus using coding by syllable names. Further analysis of performance of the low classification group revealed that subjects with longer musical education were more likely to give attention to structural aspects of stimuli(width of interval, pitch class, etc.) than the others. Some subjects in low classification group used coding by syllable names, but they gave attention not to interval relation but to each pitch. These findings suggest that subjects having longer musical experience tend to take analytic strategies, while subjects having less musical experience tend to take holistic one.

田中吉史・山本裕之「旋律聴音課題における書き取り過程の分析」 音楽知覚認知研究, 5,87-97. 1999.

旋律聴音課題における旋律の書き取り手順を分析した。書き取りの手順は、一般的に、各音符の音高をマークする「音高マーク」とそれにリズムを付加する「リズム付加」の二つの段階から成っていた。音高マークは呈示される旋律を聴きながら、リズム付加は次の旋律呈示までの間に行われる傾向があった。旋律聴音課題への習熟度の高い学生は、習熟度の低い学生よりも、最初に旋律が呈示された時により多くの音符の「音高マーク」を済ませていた。幾つかの旋律聴音の教科書では、各小節の最初の音を先に書き取ることを進めている。我々のデータによると、習熟度の低い学生では各小節の最初の音を先に書き取る傾向が見られたが、習熟度の高い学生ではこうした傾向は見られなかった。

キーワード:旋律聴音課題、聴音課題への習熟度、音高マーク

 


<その他>

田中吉史、松田稔樹、波多野和彦「大学における情報教育カリキュラムの開発とその効果に関する考察−文科系女子大学と教員養成大学・学部における実践事例を題材として−」. 埼玉大学教育実践研究指導センター紀要 第8号,49-59. 1995.

コンピュータ操作の初心者である大学生を対象とした情報教育カリキュラムの開発に関して、対象学生の専攻(文系・理系)やコンピュータ使用経験とコンピュータ不安の関係、また情報教育によってコンピュータ不安にどのような変化が見られるか、について検討した。その結果、全般的には、情報教育によるコンピュータ不安の軽減は見られなかったが、授業内容の達成感、キーボード操作の習熟、少人数のクラスサイズなどによってコンピュータ不安が軽減される傾向が見られた。

 

学会発表

田中吉史・山本裕之 「旋律聴音課題におけるエラーの研究」日本認知科学会第14回大会論文集,142, 1997

 「聴取された旋律がどのように内的に表象されているか」は音楽認知の研究における一つの重要な研究テーマである。聴取された旋律の内的表象は,聴き手の音楽的経験の程度に応じて変化すると考えられる。
旋律聴音課題とは、聴覚的に提示された旋律を伝統的な記譜法に基づいて楽譜の形に書き取る課題であり、音楽の基礎教育の一環として行われることが多い。この旋律聴音課題の回答に見られるエラーに注目することで、旋律の内的表象の変化と音楽的経験との関係についての手がかりが得られると考えられる。
これまで発表者は、音楽大学受験予備校の協力を得て、実際の授業中に行われた旋律聴音課題の回答にもとづいてパイロット的な研究を行ってきた。その結果、エラーの大まかなカテゴリーとして、ピッチ(音高)に関するエラー、リズムに関するエラー、ピッチの系統的なずれ(ピッチシフト)、リズムの系統的なずれ(リズムシフト)、空白の5種を設定した(田中・山本,1995)。また、さらにリズムのエラーについて下位カテゴリーの作成を試み、さらに、この下位カテゴリーとリズムシフト、空白といった旋律の時間的な側面に関するエラーの頻度や、エラー間の関係と音楽的な訓練の程度との関係を検討した(田中・山本, 1996)。
しかし、これまでに用いた課題旋律には、たとえば、旋律ごとに難易度に極端な差があり、旋律によってエラーのカテゴリーの頻度に偏りがある、といったいくつかの問題点があった。また、これまで単に得られたエラーのカテゴリーごとの頻度にのみ基づいて分析を行っていたが、より質的な側面からエラーを分析することによって、より多くの情報が得られると考えられる。
そこで、上述のような問題点を考慮した上で新たに課題旋律を作成して実際に実施し、回答者の音楽的経験と旋律聴音課題におけるエラーとの関係について、特にエラーの質的な側面から検討した。
新たな課題旋律の作成においては、難易度に極端な差が生じないこと、これまでの研究で作成されたエラーのカテゴリーがいずれも生起しうるものであること、また、縦断的な比較を行うことを想定して、生じたエラーが相互に比較可能であること、といった点を考慮した。その結果、作成された旋律は全部で6個、それぞれの旋律は8小節から成り,長調のものが3個,短調のものが3個であった。ピッチのエラーに関する分類を助けるために,調号の数が1個の調のみを用いた。また,複合拍子(6拍子)のものはリズムエラーの分類が困難になるので,3拍子又は4拍子のみを用いた。これらの旋律は、2個ずつ組み合わせて1回の聴音テストとして実施された。
さらに,音大受験予備校の協力を得て、その予備校に通う生徒(のべ60人)に、これらの旋律を用いた聴音課題を実施した。この予備校では、生徒を総合的な成績に応じて、いくつかのクラスに分けている。分析にあたってはこのクラス分けを回答者の音楽的経験(習熟度)の指標として用いた。得られたエラーをこれまでの研究で作成したカテゴリーに沿って分類し、さらに個々のエラーについて、より質的な側面から検討した。その結果、(1)習熟度の低いクラスほどエラーの数が多く、またエラーの種類も多様である、(2)習熟度の低いクラスでは異なる種類のエラーが連鎖的に生じるケース(たとえばリズムが誤って書き取られていてその後空白が続くなど)が多かったが、習熟度の高いクラスではエラーが一個ずつ孤立して生じる傾向がある、といった特徴が見られた。

 

田中吉史・山本裕之 「旋律聴音課題におけるエラーの分析(3)」日本音楽知覚認知学会平成9年度秋期研究発表会, 1997

二つの旋律を用いて行われた聴音課題のエラーについて、それぞれの旋律ごとにエラーの生じる箇所、エラーのある箇所がどの様に書き取られているのか、また回答者内のエラーの共起関係等に基づいて、質的側面からの分析を行った。その結果、エラーは特定の箇所で特定の種類のものが生じ、また旋律聴音課題に対する習熟度の高い上級者ほど、エラーが特定化されることが分かった。
 
 

田中吉史・欧陽憶耘・市原茂「第三言語学習における異言語間プライミング―中国系シンガポール人学生を被験者として―」日本基礎心理学会第19回大会, 2000

キーワード:外国語学習、語彙判断課題、プライミング効果

川上(1994)は、外国語の習熟に伴って、プライムとターゲットを別の言語(例えば英語と日本語)にして語彙判断課題を行った場合もプライミング効果が生じる(異言語間プライミング)ようになることを示した。ところでこれまでの外国語学習に関する実験的研究の多くは第二言語学習を対象にしており、第三言語学習など多言語学習は殆ど研究されていない。そこで第三言語学習における異言語間プライミングについて検討した。日本語専攻の中国系シンガポール人学生(中国語・英語の二言語併用者)が、三カ国語(英・中・日)を用いた語彙判断課題を行った。その結果、日本語の習熟度とは関わりなく、英語と日本語をプライムとした場合には反応時間の促進的効果が見られ、中国語をプライムとした場合には反応時間の促進的効果は見られなかった。これらの結果と被験者の日常生活や学習活動における言語使用との関連について考察する。
 

田中吉史「創造的産出課題におけるヒントの促進的効果」日本認知科学会第18回大会, 2001.

 近年の創造性に関する研究では、創造的な活動には先行経験が強く影響することを示す実験が数多く行われている。これらの実験では、被験者に何らかの制約を与えて自由に事例を産出させるopen-endな課題(創造的産出課題)を用いて検討がなされている。こうした研究の中で、Smithら (1993)は、大学生を被験者として玩具や架空の生物を創作させる課題で、具体的な事例(ヒント)を呈示すると、その事例とは似ていないものを産出するように教示するにもかかわらず、その事例と似たものを産出する傾向(conformity effect)があることを示した。つまり、全く新規なものを要求される場面でも、先に示された事例に産物が制約されてしまう、一種の固着が生じるのである。
 これらの自由産出課題を用いた研究では、被験者に様々な先行知識を利用させる課題が用いられていたが、こうした先行知識を殆ど要求されないような単純な課題においても、同様の結果が得られるのだろうか。つまり、呈示された事例による固着は、被験者がより多くの先行知識にアクセスすることによって生じるのだろうか、それともより表面的な属性のみによっても生じるのだろうか。この点に関して、田中(2000,日心)は有意味な刺激ではなく、無意味つづり、つまりその人の語彙にないひらがなの組み合わせを産出させる課題を用いて追試した。その結果、先行研究と同じく、ヒントとして提示した事例と類似した特徴を持つ無意味つづりがより多く産出されることが示された。しかし、田中(2000)で提示された事例は無意味綴りの長さと濁音・半濁音の有無のみがコントロールされていたので、この結果が別の事例を提示した場合でも再現できるか、検討する必要がある。
そこで、本研究の実験1では田中(2000)が行った実験を別の事例をヒントとして用いて追試することにした。大学生100人を被験者とし、集団で質問紙を用いて実施した。ここでは事例を呈示されない統制群、促音(っ)を含む事例を提示する群(促音ヒント群)と、長音(―)を含むヒントを提示する群(長音ヒント群)の3群にわけた。その結果、産出された事例の中で促音を含む事例の占める割合については、促音ヒント群はその他の群よりも高く、また長音を含む事例のしめる割合については、長音ヒント群はその他の群よりも高かった。つまり、各群ともヒントと類似した特徴を持つ事例がより多く産出される傾向が見られ、無意味つづりのように高度な先行知識を必要としない事例を産出させる場合も、事例呈示による効果が見られることが確認された。
これまでの創造的産出課題を用いた研究では、事例呈示の効果は、探索の範囲を制限する固着として解釈されてきた。しかし、無意味つづりを用いたこの実験では、事例を見せない統制群で使用されるひらがなが濁音・半濁音や長音、促音などが少ないことから、事例の効果は固着のように探索の範囲を制限するよりも、やや広げる作用を持っていると考えられる。つまり、事例呈示によって被験者が無意味つづり産出に使用する文字の種類が増える、として解釈できる。では、こうした効果は具体的な事例を呈示することが効果的なのだろうか、それとも使用可能な文字を呈示するだけで良いのだろうか?この点を検討するために、実験2を行った。
実験2では、大学生80人を被験者とし、統制群、ヒントとして五十音表を提示する群(五十音ヒント群)、濁音・半濁音、長音、促音などを含む事例を呈示する群(事例ヒント群)の3群にわけて無意味つづり産出課題を実施し、比較を行った。その結果、産出された無意味つづりのうち濁音・半濁音、長音、促音を含む無意味つづりが産出された比率は、統制群より他の2群の方が高かったが、五十音ヒント群と事例ヒント群では、事例ヒント群の方がややその比率が高い傾向があるものの、明確な差は見られなかった。
 

Yoshifumi TANAKA Application of psychological findings to musical composition: Its possibility and limitation.  The 17th International conference of Acoustics. September 2001, Roma,(In preparation)

It has been claimed that collaboration between composers and researchers of psychoacoustics (and more generally, psychology of auditory perception and cognition) is important to exploration in music. However, application of psychological findings to actual musical activity is quite limited. In particular the application to contemporary musical composition is limited to providing sound materials in the genre of electro-acoustic music.
One reason of this limitation is due to the current state of studies on musical perception and cognition. The studies on the higher level processing of musical information are currently based on music theory of traditional western tonal music, which is less interesting to contemporary composers. Another reason is the gap in interest between scientists and artists. Some phenomena are interesting to psychologists but not to composers and vice versa.
Based on these considerations, we discuss the possibility and limitation on the application of psychological findings to composition in contemporary music and the collaboration between composers and psychologists.