低レイノルズ数の翼特性1

スチレンペーパー無尾翼グライダーが滑空できる理由 



 上図のような簡単に作れるスチレンペーパー無尾翼グライダーがある。スチレンペーパーや発泡スチロールをスライスした平板に適当な平面形の翼をデザインし、翼先端におもりを付けて重心位置を調整するときれいに滑空する。
 滑空する飛行機の重心位置周りのピッチングモーメント係数CMは、飛行迎角付近で迎角の増加とともに正から負に変化しており、CM=0になる迎角で飛行する。 無尾翼機の場合も同じである。後退角を持つアスペクト比の大きな無尾翼機は翼端に向かってねじり下げを加えると、正のキャンバを持つ翼型の空力中心まわりのCMが負(頭下げモーメント)になるのに対して、翼端で頭上げモーメントを作るため、無尾翼機はピッチングに対して安定となる。また、後退角がなくても、翼型の後縁付近に反転キャンバを付けると、空力中心まわりのCMが正になり、空力中心より前方に重心位置を設定すると、適当な迎角で安定点が得られるため滑空できる。
 スチレンパーパーグライダーにこのようなキャンバをつけてもよいが、薄い平板のままでも滑空する。一般にキャンバのない対称翼型は空力中心周りのCMは迎角変化に対してゼロである。さらに揚力曲線は原点を通るから、そのような平らな無尾翼機の重心位置を変化させても釣り合い点は出てこない。ところが、薄い平板では迎角と共に前縁にできた剥離泡が成長し、一旦前進した風圧中心が迎角と共に後方に移動する。そのため、CM曲線は軽いS字形を描く。
 下図は、レイノルズ数が10,000の薄い平板翼の二次元翼特性である(文献1)。三次元翼特性も揚力傾斜の減少と誘導抗力の増加があるが、アスペクト比がある程度大きければ傾向は同じである(文献2を参照されたい)。揚力曲線を見るとほぼ一定の揚力傾斜を持つが、迎角7度付近から傾斜が小さくなり、10度以上で水平に変化する。急激な失速特性はない。揚力曲線をさらによく見ると迎角3度付近までは揚力傾斜は僅かに小さく、その後大きくなる。ここで前縁に剥離泡が発生したと考えられる。次に25%翼弦まわりのピッチングモーメント曲線に着目すると、迎角が4度以下では僅かに正の値を持ち、それ以上で急激に負に変化する。前縁で発生した剥離泡は迎角の増加と共に成長したと思われる。ここに僅かに釣合い点が現れる。そのため、25%翼弦点より僅かに後ろ(図中では25.5%)にモーメント中心(すなわち重心位置)を設定すると、もう少し明確な安定点が現れる。その迎角は揚抗比最大の迎角より少し大きくなるが、むしろ沈下率が最小になる迎角に近い。
 薄い平板翼はレイノルズ数依存性が小さく、レイノルズ数が大きくなっても揚抗比はあまり大きくならない。看板のような大きな平板翼でも滑空できると思うが、レイノルズ数の小さな翼の方が他の翼型との揚抗比の差が小さくなり、スチレンペーパーグライダーはよく飛行するように見えるだろう。薄い平板でも強度的に問題にならないこともスチレンペーパーグライダーにとっては有利である。軽く作ることができるためゆっくりと、しかも最適な沈下率で滑空する。
                                                2016.7 岡本研究室
文献
1)  Hidaka. H., Okamoto. M., "An Experimental Study of Triangular Airfoil for Mars Airplane", 29th International Symposium on Space Technology and Science, 2013
2)  Okamoto. M., Azuma. A., "Aerodynamic characteristics at Low Reynolds Number for Wings of Various Planforms", AIAA Journal, Vol.149, No.6, 2011, pp.1135-1150





低レイノルズ数の翼特性2

円弧薄翼の無尾翼機が飛行できる?! 

 山崎拓人(2016.3卒)製作

 私たちの研究室では変わった無尾翼機が開発された。後退角を持たない矩形(くけい)の無尾翼機でしかも翼型は円弧薄翼である。
 一般的に、円弧薄翼のような翼型は空力中心まわりに頭下げのモーメントが作用し、それを打ち消すために水平尾翼が必要である。水平尾翼がなくても、後退角を付けて翼端にねじり下げを加えると尾翼の役目を持たせることが可能である。または、主翼後縁部を反転キャンバを与え、負のモーメントを無くせば後退角がなくても飛行可能となる。 しかし、この飛行機はそのどちらにも当てはならない。

 私たちの研究室では数年前からコガネムシの前翅に着目して研究してきた。コガネムシの前翅は鞘翅と呼ばれる硬い翅で、地上にいるときは体の上に畳まれて体を保護する。飛行時は鞘翅を横に広げると共に、鞘翅の下にある薄い後翅を展開し羽ばたいて揚力と推進力を得る。カナブンのように後翅だけを展開して前翅は閉じて羽ばたき飛行をするものもあるが、多くの甲虫は前翅も広げて飛行するから、揚力の一部を負担して飛行を楽にしていと思われる。ところが、この鞘翅は翼弦長の20%もある大きなキャンバを持つ円弧状の薄翼である。紙飛行機でもケント紙を僅かに湾曲させた円弧薄翼が使われるが3〜6%程度のキャンバの翼が最大揚抗比が大きくなり最適な翼型である。なぜ、このような大きなキャンバの翼を広げるのか。
 研究の結果、下図のように20%キャンバの円弧薄翼には、翼の少し下にピッチングモーメントが大きな迎角範囲で殆ど変化しないモーメント中心(私たちはこれをAAC(Alternative Aerodynamic Center)と名付けた)が存在することが分かった(文献1))。
 この特性を利用して、20%のキャンバの円弧薄翼断面を持つ無尾翼機を作ってみた。翼の少し下に重心位置があり、その付近に推進用のモータとプロペラを付けた。モータの回転数を変化させて上昇下降し、左右の推力差で旋回する。この無尾翼機は翼のレイノルズ数が小さい場合に成立する。(文献2))。
                                                   2017.3 岡本研究室
文献
1) Okamoto. M., Ebina, K., "Effectiveness of Large-Camber Circular Arc Airfoil at Very Low Reynolds Numbers," Trans. Japan Soc. Aero. Space Sci. Vol. 59, No. 5, pp. 295-304, 2016
2) 藤井 遼太,佐々木 航星,岡本 正人 "超小型航空機における円弧薄翼型の応用" 第22回スカイスポーツシンポジウム講演会講演集, 2016



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