キーワード
工作機械,パラレルメカニズム,デジタルツイン,外力推定,適応制御
概要
この研究では,パラレルリンク機構型工作機械(ロボット加工機)に,デジタルツインという技術を適用することで,「リアルタイム外力推定(切削力推定)」と「加工負荷に応じた適応制御」を実現させ,加工時間の短縮と加工負荷の低減の両立を目的としています.
近年のインターネット技術やデジタル技術の発展により,私たちの暮らしはより豊かなものになっています.ネットワークとモノをつなぐIoT(Internet of Things)という言葉を耳にしたことがある方も,少なくないかと思います.外出先からスマートフォンを使って自宅のエアコンを操作したり,決まった時間に部屋の照明を自動でオン/オフしたりと,身近なところでも役に立っています.
それは工作機械,生産機械においても例外ではありません.生産工学の分野ではIoT技術を応用したデジタルツインという技術を用いることで,生産効率の向上や生産コストの削減といったメリットを得ることができます.こうした最新技術を用いることで,研究目的である加工時間短縮と加工負荷低減を目指しています.
パラレルリンク機構型工作機械とは?
パラレルリンク機構型工作機械とは,金属を切削加工するための機械です.伸縮する3つの軸(パラレルリンク機構)と回転する2つの軸(シリアルリンク機構)が組み合わされたロボット加工機であり,合計5つの軸を同時に制御することで加工工具先端の位置決めを行う工作機械です.
~特徴~
・高精度,高剛性
パラレルリンク機構とシリアルリンク機構を組み合わせたことで,2つの機構の弱点を補い合い,金属を加工できるだけのパワーと精密さを兼ね備えた機械となっています.
・自由度が高い
加工物の下に潜り込みながら,切削工具を上方向に向けて,加工物の下面を加工できるのはロボット加工機ならではの特徴です.
・軽量な機体
機体の大部分がCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics,炭素繊維強化プラスチック)やアルミニウム合金で構成されており,機体重量は約250㎏と工作機械としては非常に軽量にできています.
・超大型部品の加工
軽量である特徴を活かして,加工物の周りに敷設したレール上を移動しながら,航空機の機体や風力発電機の羽根などの超大型加工物の加工が可能です.
デジタルツインとは?
デジタルツインとは現実世界の機械設備をコンピュータ上に再現する技術のことです.デジタル空間に再現した現実世界の双子(Twin)なので,デジタルツインと呼びます.物理空間上にある機械からの情報を,ネットワークで接続されたコンピュータ上のサイバー空間に入力することで,現実世界を再現することができます.サイバー空間上に再現するだけでなく,コンピュータ上でのシミュレーション結果や計算結果を現実世界の機械設備にフィードバックすることで,開発や制御などに応用することができます.
現実世界を再現することのメリットは,機械設備のモニタリングによる生産管理の効率化や,実験や試作のシミュレーション化による開発コスト削減などが挙げられます.さらに,工作機械や生産設備がいつ,どこが故障するかを予測して,必要箇所のみ点検修理を行うことができる,予知保全にも期待が寄せられている技術です.
研究内容
の研究ではデジタルツインを用いた外力推定と適応制御の2つの機能の実装を目指しています.外力推定モデルの構築やプログラミングによるシミュレーションと制御システムの構築,切削加工実験などを行うことで,妥当性や有効性について評価を行います.
~リアルタイム外力推定~
コンピュータ上で切削力をリアルタイムに推定します.工作機械を動かしている5つの軸のモータトルクと軸位置の情報を取得することで,加工中に工具先端に作用している切削力(切削負荷)の大きさと向きをシミュレーションによって計算します.
大型の加工物では,切削力を測定するセンサを取付けることが非常で困難であるほか,そのようなセンサは非常に高価であることが問題点として挙げられます.そのため,既に機械に備え付けられたセンサからの情報で切削力を推定することが可能になることで,外部センサを用いずに切削力を監視することが可能になります.
外力の推定は,本研究で提案する外力推定モデルを使用します.デジタルツインを用いることで,工作機械から計算に必要なデータを取得し,一連の計算の流れをコンピュータプログラムであるC言語によって行うことで,リアルタイムでの推定を可能にします.
~加工負荷に応じた適応制御~
加工負荷の大小に応じて送り速度,主軸回転数をリアルタイムに変化させます.加工負荷の大小に応じて,送り速度と主軸回転数を加速,減速させることで,加工時間の短縮や加工負荷の低減・安定化を実現することができます.
工作機械を用いた切削加工では,工具や工作物の送り速度(移動速度),工具の回転数などの切削条件を設定しておく必要があります.現在の生産現場において主流となっている,コンピュータ数値制御によって自動で切削を行うCNC(Computerized Numerical Control)工作機械ではNCプログラム(Gコード)と呼ばれるプログラムによって制御を行っています.切削条件もこのプログラム上で指令されます.工作物が大型化,複雑化するほどこのプログラムは長くなり,その間細かく変更を行うことは難しくなります.
そこで本研究では,加工負荷が小さい,あるいは負荷が作用しておらず,機械の余力を残している場合には,送り速度を加速させることで早く加工を行うことができ,加工時間(サイクルタイム)を短縮することが可能になります.反対に加工負荷が大きく,切削工具に負担がかかる場面では,送り速度を減速,主軸回転数を増加させ,材料を少しずつ加工することで加工負荷が減少し,安全な加工を行うことが可能になります.
本来,こうした制御を行う際には工作機械に対して大掛かりな改造を施す必要がありますが,デジタルツインを用いることによって,コンピュータ上のプログラムを書き換えることで,制御の内容を容易に変更することができる汎用的なシステムになっています.
~推定切削力による適応制御~
ここまで2つの機能について説明してきましたが,これらを組み合わせることで,デジタルツインによる外力(切削力)推定シミュレーションによる結果に応じた適応制御を実現させることができます.
この研究で身に着ける知識・技術
・工作機械
工作機械の操作だけでなく,メカニズムによって生じる問題点などの知識を身に付けられます.
・切削加工
加工実験で必要となる加工方法や切削条件の設定などの知識が身につきます.
・プログラミング(C言語,Python,NCプログラム,MATLAB等)
研究の大半はプログラムを書くことになるので,自然と身に着けることができます.
・制御
PID制御に代表される制御の知識を身に着けることができます.